技術士合格体験記

 
2.受験98・筆記編
    1998(平成10)年の試験は筆記試験で不合格に
   なっています。従って、合格体験記というよりは、失敗
   事例として参考にしてください。

(1)情報収集
    試験に関する知識は全くなかったため、まずは、どん
   な試験なのかを調査するところから始めました。最初に
   驚いたのは、試験に関する情報量が少ないことでした。
    当時は当会議室の存在を知らなかったため、本屋さん
   だけが頼りでした。
    一般の書店には、技術士関連の本はまずありません。
   やっとのことで、大阪・梅田の旭屋書店と紀ノ国屋書店
   で参考書を見つけました。
    しかしこれまた、情報工学部門となるとさっぱり参考
   書がありません。過去の問題集にしても問題が掲載され
   ているだけで、模範解答もなくお手上げでした。
    それでもなんとか、過去問題集ほか、数冊の参考書を
   購入し、わずかでも情報を仕入れました。
   「薄いのになんでこんなに(値段が)高いんやろ?」と
   思いながら過去問題を見てレベルの高さに絶句。出題範
   囲のなんと広いことか。おまけに全て論文試験。午前の
   業績論文はともかく、午後の知識論文はどうやって勉強
   すればいいのかと、途方にくれていました。
(2)受験宣言
    気をとりなおして「受験の手引き」を入手し、本格的
   な準備に入りました。最初の壁は、願書に添付する「業
   務経歴証明書」でした。
    技術士の受験は私にとってはやや、無謀な挑戦と感じ
   ていました。そのためこっそり受験し、合格してから会
   社に報告するつもりだったのです。しかし、受験宣言し
   なければ公印がもらえません。
    仕方なく、上司に会社の証明を依頼したのですが、後
   日部長から「横浜のYさんが技術士だから、お願いして
   おいたよ。」とありがたいお言葉をいただきました。
    思えば、これが合否の分岐点でした。この後Yさんに
   は2年に渡り、受験指導をしていただくことができたの
   です。
       
(3)願書提出
    受験願書、つまり副票については、「受験の手引き」
   や参考書を見て記入しました。
    それまでの自分の仕事を整理し、業務経歴欄はかなり
   簡素化して記入しました。
    また、業績欄についてですが、社内の研究発表大会が
   1件ある以外は特許も論文もなかったため、欄を埋める
   のには苦労しました。とりあえず社内の講習会での講師
   や、プロジェクト内での勉強会などで全部の欄を埋めま
   した。
    当時は、単なる願書なのだからと、誰にも相談するこ
   ことなく、以下の2点にだけ注意して記述したと記憶し
   ています。
   ・前後関係に矛盾のないこと
   ・運良く口頭試験に進むことができた場合に、覚えやす
    いこと
    副票が「第一の関門」といわれるほど重要であるとい
   うことを知ったのは、願書を提出してだいぶ経ってから
   のことでした。
    記述内容そのものに誤りはないにしろ、「技術士にふ
   さわしい業務経験・実績」があるということを、もっと
   アピールすべきでした。
    副票そのものが、試験においてどれだけのウェイトを
   占めるかは実際のところわかりません。
    しかし、試験官は副票と、論文だけで採点を行う訳で、
   自分の力を評価してもらうためには、あたりさわりのな
   い内容では加点要素にはならないでしょう。
    逆にいえば、試験官からは副票と論文でしか受験生を
   評価することができないのです。うまくまとめれば、自
   分が思った以上に評価してもらえるかも知れないのです。
    なお、副票はかならずコピーをとっておきましょう。
   口頭試験で、副票に関する質問の出る可能性があるから
   です。

(4)業績論文の準備
    情報工学の業績論文は、毎年ほぼ同じ問題が出ます。
   最初に、「専門とする事項」に関する過去の業務を列記
   させ、そのうち技術士にふさわしいと思われる業務2件
   について詳細に述べる、というものです。
    まずは、詳細に述べる2件の業務をどれにするか、が
   課題となります。
    受験参考書に出ている模範解答をみるとどれも立派に
   見えます。顧客に密着してどちらかというと「地道な」
   システム開発をしている自分には、「おおっ、これはす
   ごい!」なんて業績はありません。
    かなり悩んだあげく、過去の業務の中で一番苦労した
   業務2件を選びました。どちらも別段特別な技術を使っ
   たという訳でなく、業務の中で行った小さな工夫や改善
   事項を無理矢理抜き出してテーマにした、という感じで
   した。
    次に課題となるのは、枚数の配分です。問題文の指示
   通り過去の業務を箇条書きにすると、1枚目の裏面の半
   分あたりまで必要になります。
    となると、残り4枚半で2件の業務について述べる必
   があります。1件あたり2枚という計算です。
    これは、以外と書けません。あれもこれもと欲張ると
   全然枚数が足りないという事態に陥ります。
    何度も試行錯誤をした結果、それぞれ1テーマずつに
   絞りました。システム開発において、技術的な課題が1
   つしかない、ということは通常ありえないと思います。
   そのあたりは試験官もわかっているでしょう。
    いくつかの技術的課題の中から一番書きやすい(=第
   三者が読んで理解しやすい)テーマを選ぶのがよいと思
   います。
    なんとか1回目の論文を書き上げたのが6月末でした。
   前述の先輩技術士の添削を受けては修正を繰り返し、仕
   上がったのが7月末でした。
    仕上がったというよりは、本番1ヶ月前になったので、
   とりあえず打ち切ったというほうが適切でした。
(5)知識論文の準備
    業績論文が仕上がったのが7月末であったため、残り
   1ヶ月で知識論文の準備をしなければなりません。
    業績論文の添削をお願いしてから、返却されるまでの
   間を利用し、日経コンピュータの各号からキーワードの
   洗い出しを並行して行っていました。
    そこから試験に出そうなキーワードを抽出し、要点を
   まとめることにしました。
    なんとか8つのテーマについてまとめたところで、残
   り2週間となり、ここで論文の準備を打ち切り、まとめ
   に入りました。

(6)直前対策
    直前2週間で行ったことは以下の2点です。
    ・用意した論文を暗記すること
    ・実際に原稿用紙に書いてみて感触をつかむこと
    論文の準備は全てパソコンのワープロで行いました。
   参考書によっては、必ず手書きするように、と書いてあ
   るものもあります。
    私の場合は、まずは書いてみてそれをベースに何度も
   書き直すことを前提に準備を進めたので、ワープロを使
   いました。論文が固まった時点で暗記し、その確認のた
   めという位置づけで、実際に鉛筆を使って練習をする必
   要があると考えました。
    練習のポイントは、以下の3点です。
    ・論文をちゃんと記憶できているか
    ・どれくらいの早さで書けば時間内に書けるか
    ・実際に書いてみて表現等に違和感はないか
    業績論文については、丸暗記しました。
   丸暗記の場合だと、万一試験問題が予想と異なっていた
   場合に、対応できないという意見もあります。
    しかし業績論文は、自分が実際に経験した業務につい
   て書いてある訳ですし、少々出題形式が変わっても対応
   できると考え、あえて丸暗記することにしました。
    逆に知識論文は、キーワードを中心に覚え、丸暗記し
   ませんでした。これは知識論文の準備自体不十分であっ
   たことと、予想問題がそのまま出題される確率が低いと
   考え、キーワードの組み合わせで、凌ごうと考えたから
   です。
    実際に紙に書いてみると、いろんなことがわかります。
   途中で、間違えたことに気づかないでいると、最後まで
   書き上げた時に、枚数が足りないとか、予定枚数に達し
   ない場合があります。
    それを防止するには、各ページごとのレイアウトも覚
   えておき、都度チェックする必要があることに気づきま
   した。どちらかというと、文章を覚えるというよりは、
   原稿用紙そのものを、図としてまるごと覚える、という
   感覚に近いです。
    他にも細かい部分で修正を加えるなどが必要になり、
   試験直前まで修正が必要になりました。

(7)本番当日
    大阪での試験地は例年、近畿大学です。98年は8月
   27日(木)に試験が行われました。
    前日は休暇をとり、試験当日と同じ時間に家を出て下
   見に行きました。
    下見の効用については、別途まとめたいと思いますの
   で、ここでは省略します。
    午前の業績論文は、予想通り例年とほぼ同じ問題でし
   た。ただひたすら、暗記していた論文を書き写しました。
    問題は、午後でした。
   試験開始直前に問題文の訂正がありました。一瞬嫌な予
   感がしました。黒板に書かれた訂正文は、I−2−2の
   問題のXMLのスペル誤りに関するものでした。
   「しまった!」
    XMLは日経コンピュータで、98年2月16日号と、
   3月2日号の2回に渡って特集が組まれていたのです。
   知識論文の準備をする段階で悩んだ末、候補からはずし
   ていたのでした。
    でももう、後の祭りです。冷静になるよう自分に言い
   聞かせ、試験に臨みました。
   I−2−1は、会議録をデータベース化するシステムを
   構想し、問題点とその解決策を述べる、というものでし
   た。I−2−1の問題は例年、あるシステムを構想し、
   技術的課題と解決策を論ずる、という問題です。
    しかし、前年度(1997(平成9)年度)だけは、
   傾向が変わり、用語説明に近い問題になっていました。
    今年(1998年度)もそうなることを期待していた
   のですが、あてがはずれました。
    情報工学の情報システムの1997年度の筆記合格者
      に対する口頭試験の合格率は50%台と低いものでした。
   おそらく筆記試験の傾向が変わったため、高得点をとっ
   た受験者が多く、口頭試験でふるいにかけられたのだと
   だと思われます。そのため、また例年通りの問題に戻し
   たのでしょう。
    とにかく、ある意味ではどうにでも書けるような問題
   です。字数は埋めましたが、果たして得点になるのかど
   うなのか、さっぱり要領を得ないものでした。
   I−2−2の問題は、前述したように、XMLの用語説
   明が出ました。ここは選択問題であったため、もう一つ
   の「グループウェアの基幹産業への適用可能性」を選択
   しました。
    そもそも基幹産業が何を指すのかよくわからず、適当
   に書いた覚えがあります。おそらくこれも大した得点に
   なっていなかったでしょう。
    それよりも、XMLが精神的にこたえました。
    IIの問題は、どんなことを書いたか覚えていません。
   情報数理は全くのお手上げでした。線形計画法を選択し
   たのですが、PERTを引き合いに出したりと、おそら
   く得点はなかったと思われます。
(8)結果
    筆記試験の発表の日は会社で研修を受けていました。
   休憩時間に部長が、なにやら紙を片手に私のところへ。
    科学技術庁のホームページのハードコピーでした。
   「試験結果が載っているが、受験番号はあるか?」
   と尋ねに来られたのです。
    当時私はニフティに入ってなかったので、日刊工業新
   聞はおろか、ホームページで合格発表をしているとは、
   全く知りませんでした。
   「へー、ホームページで合格発表なんかしてんのか!?」
   と少々驚きながら、自分の受験番号を捜しました。
   結果は
   「すいません。ありません。私の前後の受験番号はある
    のですが・・・」
    得点が公表されないため、実際何が悪かったのかはわ
   かりません。が、あきらかに午後が致命傷であったこと
   はわかります。XMLで精神的に参ったのと、情報数理
   が全く書けなかったことです。
    情報数理に関しては、対策の方法が最後までわからず
   ほとんど準備できずにいたので、落ちるべくして落ちた
   ということでしょう。
             (2.受験98・筆記編 終わり)
 
 
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